東京地方裁判所 昭和38年(行)54号 判決 1966年8月30日
原告 リーダ機械株式会社
被告 中央労働委員会
補助参加人 総評全国金属労働組合埼玉地方本部 外二名
主文
1.被告が昭和三六年(不再)第三一号不当労働行為再審査申立事件について昭和三八年五月一五日付でした命令中、原告(再審査申立人)に田中義敏(被告補助参加人)に対する諸給与相当額の支払を命じた部分(主文3(2))のうち、三七五、二一八円を差し引いた金額を超えてその支払を命ずる部分を取消す。
2.原告のその余の請求を棄却する。
3.訴訟費用中、被告に生じた部分の五分の一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
原告訴訟代理人は、「被告が昭和三六年(不再)第三一号不当労働行為再審査申立事件について昭和三八年五月一五日付でした命令中田中義敏(被告補助参加人)に関する部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、請求原因
一、原告(以下「会社」ともいう。)は、被告補助参加人田中義敏(以下「田中」という。)を昭和三五年九月四日雇入れ、昭和三六年一月二七日解雇(以下「本件解雇」という。)した。
二、田中の所属する被告補助参加人総評全国金属労働組合(略称・全金)埼玉地方本部(以下「地本」という。)、同・地本リーダー機械支部(以下「支部」という。)は、原告の本件解雇及びその他数箇の言動を不当労働行為であるとして同年二月二〇日埼玉県地方労働委員会(略称・埼地労委)に救済を申立て、同委員会は同年一二月一二日右申立事件<同年(不)第三号>につき本件解雇の救済を求める部分については申立を棄却する旨の命令を原告、地本、支部に各交付した。地本、支部は、右命令中申立棄却部分を不服として同月一四日被告に再審査を申立て、被告は昭和三八年五月一五日右事件<同年(不再)第三一号>につき請求の趣旨記載の命令(以下「本件命令」という。)<主文=1.初審命令主文第4項(申立人らのその余の申立を棄却する。)を取り消す。2.(略)。3.再審査被申立人(原告)は、再審査申立人(地本、支部)組合員田中義敏に対し、次の措置を含め、昭和三六年一月二七日以降同人が解雇されなかつたと同様の状態を回復させなければならない。(1)原職又は原職相当職に復帰せしめること。(2)解雇から復職までの間に同人が受けるはずであつた諸給与相当額を同人に支払うこと。4.(略)>を発し、その写は昭和三八年五月二七日原告に送達された。
三、しかし、本件解雇は後記第四で述べる理由により有効であつて不当労働行為に該当しないから、本件命令中田中に関する部分は、違法であつて取消されるべきである。
四、仮に、本件解雇が不当労働行為に該当し無効であつたとしても、本件命令主文3(2)の部分は、次に述べる理由により違法であるから取消されるべきである(最高裁昭和三七年九月一八日判決民集一六巻九号一九八五頁)。
(一)1.原告の就業規則には「会社の責任に帰すべき理由に依る休業の場合はその間平均賃金の六割を休業手当として支払う。」(一七条)と規定されている。
2.田中は、本件解雇後昭和三六年八月一一日株式会社共益社に雇われて機械旋盤工として就労し、昭和三八年六月末日までに合計四八七、七〇四円の給与の支払を受けている。
3.よつて、原告は、田中に対し本件解雇の翌日以降1所定の休業手当から2記載の収入を控除した金額を支払えば足り、この範囲を超える金員の支払を命ずる部分は違法である。
(二) 仮に、休業手当の額を基準とすることが相当でないとしても、右基準となる給与相当額は、本件解雇の翌日以降の原告の所定労働日数に相当する本件解雇時の基本給日額(その後ベースの改訂があれば、改訂基準による)及び夏季、年末賞与に限られ、性質上現実の勤務を前提としたその余の給与は除外されるべきであるから、原告が田中に支払うべき金額は、右の給与相当額から(一)2の収入を控除した金額で足りる。
第三、被告の答弁・反論
一、請求原因一、二の事実は認める。
二、同三の主張は争う。
本件解雇が原告の不当労働行為であることは、別紙「本件命令書の理由」に記載のとおり(但し、「傷害致死罪」とあるのは「殺人罪」と訂正)であり、本件命令は、右正当な判断に基いてそれに相当な救済を命じたまでのことで、本件解雇の効力を問題としたものではないから、それと本件命令の適否とはなんら関連がない。
三、(一) 同四の主張は争う。
(二)1 原告は、少くとも、被告の再審査段階で右のような主張をなし得たにも拘らずこれを主張していないから、被告としては、この点につき判断する必要はなく、従つて審査不尽の違法もない。
原告が再審査手続の段階においてなすべき主張をしなかつた場合の責任は自ら負担すべきであつて、被告にこれを転嫁することは許されない。もし、行政訴訟の段階でかような主張が許されるならば、悪質な使用者は、労働委員会の審査の段階においてはその事実を秘匿し、行政訴訟において初めてこれを主張することにより、容易に労働委員会の命令は違法とされ、取り消されることとなり、かくては不当労働行為制度運用の法的安定は期し難いこととなる。
2 次に原告は、他の職に就いて得た収入を控除すべき根拠として、最高裁判決を引用するが、右最高裁判決の判示する理論構成は、以下の諸点において疑問である。
(1) 「不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態を回復させること」が、「原状回復の一手段として使用者に命ずるいわゆる賃金遡及払の金額は、当該不当労働行為によつて労働者が事実上蒙つた損失の額をもつて限度とする」ことになるとするという点について
使用者による解雇の措置は、私法上労働契約の解除と理解され、解雇が無効ならば労働者は労働契約上の労務提供の反対給付としての賃金請求権を失わないのであるが、労働委員会は、かかる個別的労働契約上の債権債務の関係を処理するために設けられているものではなく、集団的労使関係の場において、使用者が解雇によつて団結権を侵害したという事実上の状態に着眼し、その救済を与えようとするものである。先ず、使用者の解雇の措置により如何なる状態となるかについて考えてみると、
(イ) 組合活動家が解雇されたことにより、組合ないし組合員に対し打撃を与え、集団的労使関係の場に歪みを与えること、
(ロ) 当該労働者は企業外に排除されて就労できなくなり、賃金が支給されないことはもちろん、昇進、昇格の機会も喪い、福利厚生施設も利用できず、勤続年数の通算(先任権の回復)もないこと、
(ハ) さらに派生的に生ずる問題としては、収入の道を断たれた被解雇労働者が、当該解雇につき労働委員会ないし裁判所で争う間、その生活を維持するために他の職について収入を得ること等の事態が考えられる。
しかし、解雇の措置から生ずる集団的労使関係の場における歪みを是正し「不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態を回復させる」ためには、単に解雇が無効であることを確認し、その間の賃金を保障することを第一義とすべきものではなく、事実上、解雇の日から救済命令により原職に復帰するまでの間は、物理的に原職復帰の事実状態を作り出すことも集団的労使関係の場における影響を拭い去ることもできない。
したがつて、労働委員会としては、「不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態」に最も近い状態を回復させるために、いわゆるバツク・ペイを命じて、将来にもわたり集団的労使関係における歪みを是正しようとしてきたのであつて、不当労働行為は解雇そのものであつて、就労拒否や賃金不払は不当労働行為の単なる結果に過ぎず、バツク・ペイは不当労働行為の結果の排除と解すべきだとする所論の如きは、「不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態を回復させること」を目的とする労働委員会の命令のあり方を理解していないものと考えざるをえない。
してみれば、最高裁判決のいう「原状回復の一手段として使用者に命ずるいわゆる賃金遡及払の金額」が当該労働者の賃金債権に基づく賃金の後払いそのものではなく、いわんや「当該労働者が事実上蒙つた損失の額」に符合するものでもないことが理解されるし、前記最高裁判決も、「救済命令の適否を私法上の法律関係と符合するかどうかの観点から判断することは失当」と判示することによつてこれを認めている。
(2) 「他の職に就いて得た収入を控除することなく遡及賃金全額の支払を命ずべきものとすれば、救済命令は原状回復という本来の目的の範囲を逸脱し、使用者に対し懲罰を科することとなつて違法たるを免れない」という点について
ここに使用されている「懲罰」の法律的意義は不明確であるが、素朴に考えても、労働委員会が命ずる遡及賃金相当額の支払いは、もともと使用者として当然負担すべきはずのものであるから、懲罰になるいわれがなく、さらにそのことが、不当労働行為による過去及び現在の労使関係の歪みを是正するのみでなく、将来の不当労働行為を防止するために役立つとしても、どうしてこれが懲罰となるのかを理解し難い。
3 被告は、不当労働行為たる解雇の救済については、以下のように考える。
(1) 不当労働行為制度の趣旨、目的の理解について
旧労働組合法(昭和二一年法)下における科罰制度から現行法(昭和二四年法)のいわゆる原状回復制度に変つた意義についてみると、旧制度の如く、使用者を罰することだけでは、被解雇労働者が原職に復帰しうる直接的効果を期待しうるものではなく、ひいては集団的労使関係の歪みが是正されるものでもなかつた。そこで、これらの点を改め、労働委員会をして行政処分という形で、弾力的にしかも直接的に使用者の団結権侵害行為を迅速に排除することにより、憲法二八条の保障を具体化した不当労働行為制度の運用を効果あらしめることを期待したのである。しかも、現行制度が、米国法制を母法とするとはいえ、現在までの十数年にわたる実績を通じてわが国の労使関係を規律する法制度として定着してきたことを無視しえない。
すなわち、不当労働行為制度は、労働組合法が予定する公正な労働慣行に反する使用者の行為を排除することにより、集団的な労使関係における慣行ないし秩序の正常化を図ることを目的とするものであつて、労働委員会には、簡易迅速な手続により事案の内容に即して、当該労使関係の現在および将来にわたる正常化のために必要と認める措置をとることが、公の政策として期待されているのであつて、労働委員会の救済命令の基本的目的は、使用者の不当労働行為がなかつたと同様の状態に回復することにある。従つて、不当労働行為たる解雇の救済にあたつては、当該解雇によつて、労働者が実際上企業外に排除されているという状態を対象とすることとなる。
(2) 不当労働行為制度による救済と私法上の救済について
ところで、不当労働行為たる解雇は、使用者が当該労働者との労働契約を解除するという法律行為により、組合活動家を企業外に排除することによつて組合活動を阻害し、ないし組合の組織を弱体化しようとするねらいをもつものであつて、法律行為としての側面をもつ点においては団交拒否とか支配介入という事実行為のみの問題と趣を異にするが、労働委員会はこのような集団的な労働関係の場における事実状態に着眼して、その過去、現在及び将来にわたる労使関係の正常化を図ることを期待されているのである。しかるに、私法上の救済を図る裁判所は、労働委員会とはその構成、機能、目的を異にし、解雇という法律行為に着眼し、使用者対個別労働者の労働契約上の権利義務関係を確定するに止まるものであるから、労働委員会と裁判所は、ともに使用者による解雇措置という一の行為をめぐる労使間の紛争を処理するものであつても、その着眼する側面を異にし、実現すべき効果も自ら異なるものといわなければならない。
すなわち、解雇は私法上の法律関係を変動させるものであることからすれば、労働委員会が解雇の救済にあたつて考慮すべき状態として私法上の面から把握しうる部分も含まれることは否定しえないが、労働委員会は、かかる私法上の法律関係に基づく権利義務の内容を審査確定すべき権限をもたず、救済に当つて、この点を考慮に入れる余地はない。
例えば、労働委員会としては、賃金債権の問題についても、未だ昇給発令のない以上労働者が使用者に請求しうる権利としては認められないとする見解にかかわりなく、組合活動を行つたが故に解雇され、その間賃金も貰えないし昇給もないという痛い目に遇うことの効果を使用者が期待し、その状態が存在することに着眼し、命令主文でいわゆるバツク・ペイの範囲を具体的に明らかにしない場合においても、解雇されなかつたならば使用者により当然措置されたと考えられる昇給、ベース改訂、賞与等は含まれると解している。
(3) 不当労働行為たる解雇の救済について
従つて、不当労働行為たる解雇についての救済は、基本的には使用者の行為によつて生じた解雇の状態を排除することをもつて足り、その方法は原則として次のごときものとなる。
<1> 原職(または原職相当職)に復帰せしめること。
<2> 解雇から復職までの間についての救済に当つては、解雇がなかつたと同様の事実上の状態に回復する趣旨である以上、使用者は被解雇者を解雇しなかつたならば当然給付すべかりし金銭給付をなすべきものと考えられるから、救済内容として使用者に命ずる金銭給付の額も、右出費額に相当する金額を限度とすることは妥当と考える。この場合にその算定基準を賃金額(算定可能な付加給付を含む)に求めることは、現実的な方法であろう。
<3> 以上の外、ポストノーテイス等が必要と考えられる場合もある。
すなわち、不当労働行為たる田中の解雇を救済するため金銭給付を命ずるに当つては、田中が解雇されなかつたならば、当然使用者が負担したのであろう諸給与相当額を限度として支払うべきものとして命ずることを妥当とするものである。もともと田中が他の職について得ていた収入を「控除」すべきか否かは私法上の賃金債権債務の処理として労働委員会の問題ではないし、「控除」しないことが懲罰にも当らないことについては前述のとおりであるから、田中が解雇期間中他の職に就いて収入を得ていたということは本件救済内容の決定に際して考慮する限りではない。
4 なお、就業規則一七条に基き六割の休業手当から田中が共益社から受けた給与額を差し引くべきであるとの原告の主張は、最高裁判決昭和三七年七月二〇日民集一六巻八号一六五六頁にも反する。
5 以上のとおりであるから、本件命令中会社に対し田中に対する金銭給付を命じた部分についても、なんら違法の点はない。
第四、本件命令の認定事実及び判断に対する原告の認否、反論
一、別紙「本件命令書の理由」第一について
(一) 一ないし三の事実は、二(五)のうち小河の書記長辞任申出の理由及び田中がその後任書記長に選ばれたこと、同(六)中会社が支部の団体交渉申入を拒否した理由、三(一)のうち田中が一月一四日以後書記長として活動していたことを争い、その余は認める(但し、判決言渡は八月三日、罪名は被告訂正のとおり殺人)。
(二) 四の事実は、(一)のうち馬場、小河ら支部組合員の脱退の理由及び会社が組合員に支部脱退を勧誘したこと、(二)のうち会社の徴した一札の内容、(三)のうち二月六日以降埼地労委のあつせんにより団体交渉が行われるようになつたこと及び五月以降会社が田中の出席する団体交渉を拒否したことを争い、その余は認める。
支部と会社との団体交渉は、右地労委のあつせん以前から円満に行われていた。また、三月一一日付の田中に対する警告書は、同人が本件解雇後も川口工場長上野光一(以下単に「工場長」という。)の制止に拘らず作業時間中同工場(以下単に「工場」という。)内に立入り組合活動を行つていたので、職場の秩序維持、危険防止の必要上発したものに過ぎず、会社は同人に対し本件解雇後も工場事務室の一部を使用させ、その正当な組合活動には進んで便宜を与えている。同月二八日社長松岡慶次(以下単に「社長」という。)が田中を殴打した件は、田中が社長私宅直前の工場の塀に「北鮮に帰れ」等組合活動とは無関係の、日本に帰化した社長個人の誹謗にわたる文言を記載したビラを往来の人目に触れるようベタベタと貼つたことに対する自救行為である。会社は、団体交渉中交渉事項が田中の解雇撤回に及んだ場合、殺人の前科をもつ同人が激昂した場合の万一の不祥事を慮つて退席を求めたことがあるが、他の事項に関する団体交渉において田中の出席を拒否した事実はない。
二、「同」第二について
(一) 一の事実は、(一)のうち本社第二ビルに工場ミシン組立部門を移転する計画があり、一月一六日ビル完成引渡を受けたこと、一月一三日小河らに転勤を求めたが、反対にあつて一時これを中止したこと、(三)のうち会社が支部組合員のみを除いて二、七五〇円の賃上げを行い、支部脱退者には直ちに同額の昇給を実施したこと、支部組合員への正月手当の支給が遅れたことは認めるが、その余は争う。
会社が小河らに転勤を求めたのは、専ら右作業部門の移転に伴なう会社の業務上のやむを得ない都合によるものである。なお、会社は、一月一〇日工事請負業者からビル完成引渡の連絡があつたので、同日以降移転準備中、突如組合結成届出に接したものである。また、青野は解雇されたのではなく、他に勤め先があつたので自発的に退職したものである。賃上げについて支部組合員を除外したのは、当時支部が一律五、〇〇〇円の賃上げ要求を固執して団体交渉の妥結をみるに至らなかつたためであり、支部脱退者については新労同様の条件に暗黙の同意を示したものと認め、労働基準法に基き新労組合員と均しく待遇したに過ぎない。(五)の原告が貫井らから徴した文書には、組合加入の場合における解雇その他の不利益の取扱の取り決めはないから、いわゆる黄犬契約に該当しない。
(二) 二の事実は、冒頭記載の部分、(一)のうち田中の採用面接の際工場長が鳶職の期間につき質問したこと、経歴詐称は就業規則の解雇事由に掲げられていないこと、(二)のうち会社が一月一二日契約更新の手続をとつたことは認めるが、その余は争う。
更新手続は、同日臨時工六名全員について行つたものであり、もし田中を企業外に排除しようと思えば、身許調査により落度を探すまでもなく、右更新手続をとらなければ足りたわけである。
三、(一) 田中が支部結成に関与したのは一月五日誘われて会合に出たのが最初であつて、右結成前後における同人の組合活動にはなんら顕著なものがなく、原告が支部結成の動きを知つたのは一月一〇日頃であるが、特に田中に注目していた事実はない。会社は、一月二八日支部からの役員変更通知書により、初めて田中が書記長であることを知つた。田中の本件解雇は、同人の組合活動とはなんら関係がなく、このことは、当時活発な活動をしていた他の支部幹部らがなんら不利益な扱いを受けていないことからも明らかである。
(二) 本件解雇の経緯は、次のとおりである。
1.田中は、昭和三〇年八月三日東京地方裁判所において殺人罪により懲役六年の判決言渡(控訴権放棄により確定)を受け、右刑の執行中、昭和三三年一二月二二日仮釈放出所したものである。
2.田中は、入社の際会社に提出した履歴書に右受刑全期間は浦和市別所海沼慶治方に鳶職として就職していた旨の虚偽の記載をし、面接において工場長から鳶職の期間について質問を受けながら、真実を詐つたまま原告に雇傭された。
3.原告は、昭和三六年一月七日田中ら臨時工六名の契約更新のための書類整備に際し、田中の右履歴書には履歴書一般の記載例に反して「賞罰」に関する記載のないことを発見して同人の履歴に不審を抱いた結果、即日前掲興信所(以下「興信所」という。)に田中の身許調査を依頼し(この時期には原告は支部結成の動きも知らない。)興信所から、同月中旬前記1の罪科の概略につき連絡があり、同月二六日1のとおりの報告を受けた。
4.上述2の田中の経歴詐称行為は、道義的に責められるばかりでなく、これを放置すれば他の従業員に悪影響を及ぼし会社の秩序を乱し経営に支障を来す虞があり、高度の信頼を必要とする雇用関係にあつては、契約締結における信義則違反行為というべきであるから、本件解雇に及んだものである。
第五、証拠<省略>
理由
第一、本件解雇の不当労働行為の成否について
一、会社及び支部について
別紙「本件命令書の理由」第一の一の事実は、当事者間に争がない。
二、会社の支部に対する態度について
(一) 組合結成当日の社長演説について
「同」第一の二(二)の事実は当事者間に争がなく、組合員の範囲や上部団体への加入は労働組合の自主的決定に委ねられた事項であるから、会社の右行為が支部の結成及び運営に対する支配介入であることはいうまでもない。
(二) 小河ら三名の転勤について
いずれも当事者間に争のない「同」第一の二(三)(四)、第二の一(一)(その一部)の各事実、遠藤、田中の証言、乙七六=土井健治・上野光一(成立に争のない乙第七六号証中土井健治及び上野光一の労働委員会における口述記載部分を意味する。以下この例による。)、乙七七=遠藤邦雄、乙七八=小河正雄・石津重治・白石恵男、乙一〇八=田中義敏、乙一〇九=伊藤孝三を総合すれば、会社は、輸出関係事務等の遂行上川口工場のミシン組立部門を一月一六日完成引渡予定(会社は一月五日頃には工事請負先から右予定を知らされていた。)の本社第二ビルに移転する計画をたて、小河、白石、石津の三名(同部門担当の全工員)に右ビルへの転勤を申入れたが、右三名から拒否されて右部門の移転を一時中止し、代策も講じないまま二月下旬に至つたこと、会社は、支部結成通知を受けた翌日(一月一三日)に右三名がそれぞれ支部書記長、会計、執行委員であることを知りながら、予め支部に連絡することもなく、突然右三名を社長宅に呼んで前記転勤申入に及んだものであることが認められる。
以上の事実によれば、右転勤申入が会社の業務上の都合に出たものであることは一応肯定できるけれども、転勤申入の時期、方法については不自然の感を免れず、支部に対する会社の偏見を思わせるものがある。
(三) 青野の解雇について
当事者間に争のない「同」第一の二(一)(三)及び(五)(その一部)の事実、乙七三=角田和男、乙七七=伊藤孝三、乙七九=田中義敏、乙一〇八=田中・田中証言を総合すれば、青野は昭和三五年一一月会社に雑役工として雇われ、翌三六年一月一四日雇用期間満了を理由に解雇予告を受けたものであるが、同人には従業員として不適格とすべき事情は窺われず、社長は支部に対し同人の解雇事由は仕事が暇なためと述べながら、その後ほどなく他の雑役工を雇入れていること、青野は支部結成準備段階からその中心的役割を演じ会社に注目されていたことが認められる。
以上の事実によれば、青野の解雇はその根拠が極めて薄弱であつて、同人の組合活動を理由とするものと推認するのが相当である。
(四) 団体交渉拒否について
当事者間に争のない「同」第一の二(六)(その一部)の事実、田中証言、成立に争のない乙第六、七、八、一〇、六七、六八号証、乙七五=依田博之、乙七九=田中、乙一〇八=同を総合すれば、会社は一月一六日以降数次にわたる支部の団体交渉申入に対し「地本役員の出席する団体交渉には応じない。」との理由でこれを拒否し、二月三日の埼地労委のあつせんを経て、はじめて団体交渉に応ずるに至つたことが認められる。
次に、成立に争のない乙第五二ないし五四、五八号証、乙一〇八=田中を総合すれば、会社は、田中の解雇問題に関しては、同人を退席させない限りその団体交渉に応じない旨を支部に通告して五月以降同人の出席を理由に団体交渉を拒否していたことが認められる。会社は、その理由を殺人の前科をもつ同人が激昂した場合の万一の不祥事を慮つたためと主張するが、本件において右前科のほか、同人の粗暴な性格や行動の事実を推測するに足る資料はなく、却つて同人は四月二八日ビラ貼りのことで社長から殴打されている事実(当事者間に争がない。)に徴しても、右理由はけん強附会の嫌いを免れない。
以上会社の団体交渉拒否はいずれも正当な理由を欠くものというべきである。
(五) 賃上げ等について
「同」第一の四(一)(支部組合員の脱退理由、会社の脱退勧誘の点を除く。)(四)の事実は、当事者間に争がない。
原告は、組合員に対する賃上げ、正月手当支給の時期が遅れたのは、支部との間に賃上げ交渉が妥結に至らなかつたためであると主張するが、成立に争のない乙第九号証、乙七五=依田、乙七六=土井、乙一〇五=長島宏樹によれば、支部が会社に賃上げ要求を提出したのは、二月一三日であつて、それ以前には支部・会社間に賃上げをめぐる要求、交渉もなく、正月手当の支給自体については前後を通じなんらの交渉・紛議も存しなかつたこと、乙七三=角田、乙七四=志村清、乙七五=浜田茂、乙一〇五=長島、乙一〇九=伊藤によれば、社長、工場長らは、一月末頃から二月中旬にかけ支部組合員らに対し支部を脱退すれば賃上げを実施すると告げたことが認められ、その頃十数名の支部脱退者をみた原因として、首肯できる支部側の事情は見出し難い。
以上の事実によれば、会社は支部組合員に対し右賃上げ、正月手当支給の実施時期をずらすことにより故なくこれを不利益に扱い、これを利用して支部組合員の動揺、脱落を図つたものと認めるほかはない。
(六) 黄犬契約について
当事者に争のない「同」第一の四(二)(その一部)の事実と乙七三=渡部勇・角田、乙一〇六=渡部、乙一〇八=青木文次郎を総合すれば、会社は、昭和三六年二月頃貫井、青木、大久保を採用の際工場長において労働組合に入らない旨記した書面に署名させたことが認められる。
原告は右書面には労働組合に加入した場合の不利益取扱いに関する取り決めを含まないから、いわゆる黄犬契約に該当しないと主張するけれども、労働者に労働組合の結成、加入を保障する労働組合法七条一号、三号の立法趣旨からすれば、使用者が労働者にその雇入、雇用継続に関して労働組合に加入せずあるいは脱退することを約させることも同条第一号の「労働者が労働組合に加入(しない)……ことを雇用条件とすること」に広く含めて解するのが相当であり、会社の上記措置は右法条の禁止に触れるものというべきである。
(七) 田中に対する退去要求等について
「同」第一の四(三)の事実(団体交渉に関する部分を除く。)は、当事者間に争がない。
田中が本件解雇後作業時間中工場長の制止に反し作業場内に立入つていた点は弁論の全趣旨から窺えないわけでなく、会社が同人に対し「作業員に話しかけた場合工場内から退去を命ずる」趣旨の警告を発したことは職場秩序保持の必要から首肯できるが、作業時間中田中と数分間話をしただけの矢作に対し半日分の賃金カツトの処分をしたことは重きに失すると認められる(乙一〇八=矢作清、田中によれば他にかような処分の例がないことが認められる。)。
次に、社長の田中殴打の点については、乙一〇六=渡部、乙一〇八=田中によれば、田中が工場の門塀(社長私宅直前)に貼つたビラは約三〇枚でその殆どは本件解雇撤回等の支部の要求を記したもので、それに混つて原告主張のような社長の誹謗にわたる記載をしたビラが一枚あつたに過ぎないことが認められる。右ビラの記載貼付は、田中の行き過ぎた行為と責められるべきであるにせよ、その故をもつて社長が同人に対し殴打暴行に及んだことは、それ自体また行き過ぎであることはもちろん、同人の組合活動に対する社長の反情のあらわれと見られないこともない。
三、田中の解雇について
(一) 田中の組合活動と会社の認識について
前掲争のない「同」第一の一(二)、二(一)ないし(三)の事実、田中証言、前出乙第六号証、成立に争のない乙第一三、五九、六六号証、乙七五=依田、乙七七=伊藤、乙七九=田中、乙八〇=伊藤、乙一〇六=渡部、乙一〇八=田中、乙一〇九=伊藤を総合すれば、田中は、昭和三四年加須市所在株式会社理研精機製作所に工員として就労中、労働運動の経験があり、右経験をもつ殆んど唯一の会社従業員として、馬場正男(初代副委員長)に誘われ、昭和三六年一月五日の支部結成準備会に出席、支部規約の起草を委かされ、翌六日地本書記依田博之から指導を受け、一月一一日の準備会においては全金加盟を強く主張して、伊藤(初代委員長)らの反対を押し切り全金支部として組合を発足させ、翌一二日委員長伊藤らと同道して工場長に支部結成を告知、翌一三日、会社の発意で開かれた工場全従業員集会の席上、支部側から推されて議長となり、企業内組合の欠陥を強調、翌一四日の支部臨時大会において小河の後任として満場一致書記長に選出され、同月一六日昼休みには、書記長であることを表明して社長、工場長と地本役員山野某らの工場構内立入りをめぐる紛議、青野解雇問題について交渉を行う等極めて顕著な活動を行つてきたこと、一方会社側は、一月一一日支部結成の当日社長が工場全従業員を集めての談話中に、入社後一年未満の者(準備委員中田中、青野が該当する。)の策動による旨の発言があり、一月二一日支部との団体交渉方式等に関する交渉の席上、社長が田中の地労委に提訴すれば地本役員が加わることを理由に支部との団体交渉を拒否できない旨の発言に対し同人に向つて「馘だ。」と発言したことが認められる。
これら事実を総合すれば、会社は支部結成準備の段階から田中が重要な役割を果していることを察知し、遅くとも一月一六日頃には田中が書記長として支部の中心活動家であることを熟知していたとみるのが相当であり、土井証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る資料はない。
(二) 田中の解雇に至る経緯について
1 田中が採用時会社に提出した履歴書には賞罰につきなんらの記載がないこと、興信所の同人の経歴に関する一月三〇日付会社あて調査報告書には同人が昭和三〇年八月東京地方裁判所において殺人罪により懲役六年の判決を受け受刑した事実が記載されていること、会社が同人解雇の理由とするところは、昭和三六年初頃田中の履歴書に賞罰欄の記載がないことを発見し、興信所に同人の身許調査を依頼した結果、上記前科の事実が判明したためというにあること、会社が田中に対し一月一二日契約更新の手続をとつたことは、いずれも当事者間に争がない。
原告は、本件解雇に至る経緯として、上記解雇理由に副う事実を主張し、土井証言、原告代表者の供述、乙七六=土井、乙七七=遠藤、乙八〇=原告代表者の各供述記載中には、会社は、昭和三六年一月七日田中ら臨時工六名の契約更新のための書類整備に際し、田中の履歴書に賞罰に関する記載のないことを発見し、即日興信所に同人の身許調査を依頼したところ、興信所から同月中旬同人の前科等について概略の中間連絡があり、同月二六日文書による最終報告を受けた旨原告の主張に符合する部分があるので、以下右経緯の真相につき検討する。
2 成立に争のない乙第七〇号証(就業規則)によれば、新規採用者の試用期間は二ケ月と定められているが、土井証言、原告代表者本人の供述、乙七七=遠藤、乙七九=田中を総合すれば、採用後三ケ月を経過すれば特段の理由のない限り、社長決定のみによつて辞令なしに本工として取扱われるのが例となつていたことが認められ、右事実によると一月一二日(支部結成の翌日)に至つて田中を含む六名につきことさら契約更新手続をしたことは、その時期や扱いの点からみて、すでに異例といえる。
3 会社において、従前工員の採用に際し、賞罰の有無、ことに履歴書中、賞罰に関する記載がなされているかどうかにつき、特段の注意を払つていたと認められる資料はなく(原告代表者本人の供述中、社長から上野工場長に前科者の不採用を指示してあつたとの部分は、上野証言に照らし措信できない。)、本件田中の場合にも、昭和三五年九月採用後二ケ月の試用期間内はもとより、上記慣例上本工として扱われる三ケ月までの期間内に会社が同人の賞罰の経歴に関しなんらの関心も示していなかつたことは、弁論の全趣旨から明らかである。
4 乙七七=遠藤、乙一〇九=伊藤によれば、本採用の場合であると否とを問わず、従前会社が一工員の身許調査について興信所にこれを依頼した例はなかつたことが認められる(土井証言中右認定に反する部分は信用できない。)。しかも、本件田中の場合単に履歴書に賞罰の記載が欠けているとの形式的理由だけで、一応本人について賞罰の有無につき事実を訊すこともせず、急遽興信所への調査依頼にふみきつたことは、人事の取扱いとして、むしろ常識に反するものといえよう。
5 原告代表者は一月一二日興信所から電話で田中に前科があるとの連絡を受け、直ちに同人につき契約更新手続をするよう担当者に指示した旨供述し、乙八〇=原告代表者にも同旨の記載があるけれども、電話連絡を受けたと称する日がたまたま組合結成の翌日と符合し、しかも右電話にもかかわらず契約更新手続から原告を除外しなかつたことは不自然の感を免れないので、右供述はにわかに措信できない。興信所の調査報告書の日付が一月三〇日付であるところから、会社が右書面を同月二六日に受領したとの事実もにわかに首肯し難く、同日が本件解雇の前日に当ることを考えあわせると、むしろ会社が興信所から前科の事実につき電話連絡を受けた時期は、同月二六日又はこれに近い頃であつたと推認するのが相当である。
さらに成立に争のない乙第三四号証、乙七六=土井、乙七九=田中、乙一〇八=田中によれば、会社は臨時工は入社後三ケ月をもつて本工とし、現在更新期間中の者については更新契約を廃棄する旨の支部要求を容れ、一月二六日社長が右要求書に妥結の証として署名した事実が認められるから、田中は上記契約更新手続に拘らず、本件解雇時には本工として期間を定めのない雇用関係のもとにあつたものということができる。
6 叙上2ないし5の諸事情に照すと、本件解雇の経緯につき原告の主張に副う前提1の証拠はたやすく信用し難く、前記二で認定した会社の支部に対する一連の支配介入行為と照し合わせて考えてみると、会社が田中の身許調査を興信所に依頼した真の動機は、支部結成を知つた原告が、その中心人物である田中に注目し、急遽同人を企業から排除する口実を得るため、興信所に身許調査を依頼したものと推認するのがむしろ自然である。
(三) 原告の反論について
原告は、本件解雇を不当労働行為ではないとする論拠として<1>当時活発な活動をしていた他の支部幹部らがなんら不利益な扱いを受けていないこと、<2>田中を企業外に排除するには契約更新時(一月一二日)に更新拒否をすれば足りると主張するけれども、<1>の点については、会社が臨時工の名目で比較的解雇し易い短期勤続者からまずこれを企業外に排除しようとしたとみることも、あながち不自然ではなく、支部結成当日の社長談話中、入社後一年未満の者の策動を難ずる旨の発言(前掲(一))や田中より勤続期間の短い青野(乙七七=青野によれば、昭和三五年一一月入社)も田中と同じ頃企業外に逐われている事実(前掲二の(三))も右推論を裏付けるものというべく、<2>の点については会社として支部結成直後に契約更新拒否の措置に出ることが支部を刺激しその抵抗を招くことを慮り、一月一二日先ず契約更新の手続をとることによつて田中らが臨時工の身分にあることの形式を整えようとしたものと考えられないこともなく、現に右手続をとつたこと自体についてさえ組合の抗議により撤回している事実(前掲(二)5)があることからみて、原告の主張はいずれもたやすく採用できない。
四、以上に認定判示したところを総合すれば、会社は田中が支部の組合活動の中心人物の一人であるところから、これを企業外に排除しようと意図し、専らその名目を得るため興信所に同人の前歴調査を依頼したものであつて、その結果判明した経歴詐称の事実がたまたま殺人の前科の点にあつたことは会社にとつて田中を解雇するため好都合な名目を得たというに過ぎないものと認めるのが相当である。結局、被告が本件命令において本件解雇を不当労働行為と認定したのは正当であり、この点について、原告主張のような違法はない。
第二、本件命令の救済内容について
一、労働委員会による不当労働行為の救済は、不当労働行為を排除し、救済申立人をして不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態を回復させることを目的とする(最高裁昭和三七年九月一八日判決民集一六巻九号一九八五頁)。
労働委員会は、右の目的のために最も適当と考える救済を与える職務権限を有し、この点につき広汎な裁量権をもつものである。しかしながら、この権限も他の法制の理念や目的との調整上おのずから一定の制限に服することがあり得ることは、立法の妥協的性質を云々するまでもなく当然のことであつて、右の見地から救済命令の制度が不当労働行為がなかつた場合より以上に労働者を事実上有利な状態に置くことを期待していないものと解することは相当であり、右見解に従えば、そのような内容の救済命令は裁量の範囲を逸脱した違法のものというべきである。
そして、労働委員会が右原状回復の一手段として使用者に命ずるいわゆる賃金遡及支払の金額は、私法上の法律関係となんらの関連を有せず、当該不当労働行為によつて労働者が事実上蒙つた損失の額をもつて限度とし、従つて、労働者が解雇期間内に他の職について得た収入は、私法上労働者においてこれを使用者に償還すべき義務を負うと否とに関係なく、特段の事情のない限り遡及賃金額からこれを控除すべきであつて、右の控除をすることなく、遡及賃金全額の支払を命ずる救済命令が違法であることは、前掲最高裁判決の説くとおりである。
このように解した場合、右にいう他職収入の有無や特段の事情の存否についても労働委員会の審査判断を要するため、不当労働行為救済命令を迅速に発することが困難となる虞がないわけではないが、その点の解決はむしろ労働委員会の機構充実等の施策にまつべきものであつて、この故をもつて右の結論を左右することはできない。
二、原告は、まず(他からの収入額を控除すべき点はしばらく措き)、本件命令において支払額算定の基準となるべき給与相当額とは、原告の就業規則所定の休業手当(平均賃金の六割)ないしは基本給及び夏季、年末賞与の範囲に限定されると主張するけれども、救済命令において使用者に支払を命ずるについて基準となる給与相当金額は、前述のとおり不当労働行為がなかつた場合に当該労働者が受けたであろうすべての諸給与相当額(労働者が現実に就労した場合に免れない出捐に対する実費弁償の性質を有するものを含まない。本件命令にいう「諸給与相当額」もこれと同趣旨に解することができる。)と解すべきものであつて、労働者が私法上かような金員につき請求権を有するか否かは問うところではないから、原告の右主張は採用の限りでない。
三、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第五号証の1ないし4によれば、田中は本件解雇後昭和三六年八月株式会社共益社に雇われ機械旋盤工として就労し、昭和三八年五月本件命令が発せられるまでの間に合計三七五、二一八円の給与の支払を受けたことが認められる。
右事実によれば、他に特段の事情の認められない本件において、本件救済命令中、原告に田中に対し金員支払を命ずる部分は、諸給与相当額から上記収入額を控除しなかつた点において違法というべきである。
四、被告は、右収入控除の点は原告(再審査申立人)において被告の再審査段階中これを主張しなかつたのであるから、本件命令が右の点につき判断考慮しなかつたとしてもなんら違法ではなく、原告が取消訴訟の段階で新事実を主張立証することは許されないと主張する。
ところで、労働委員会の不当労働行為審査手続は一応労使の双方の当事者対立の構造をとつているけれども、そこでは、公益的ないし後見的機能を旨とする行政処分の性質上、通常の民事訴訟におけるような厳格な弁論主義―判断の基礎となる主要事実は当事者の主張がなければ審理採用できないとするいわゆる狭義の弁論主義―は妥当しないものと解されるし、これを採用したものと解すべき成法上の根拠もない。従つて、労働委員会としては、救済命令を発するに当り、その結論に影響を及ぼすと考えられる事実については、当事者の主張立証の有無に拘らず職権によつてもこれを審理し、その結果認定し得た事実を総合判断して妥当な結論を得べきものであり(労働組合法二五条二項、二七条三項参照)、当事者の主張立証のないことをもつて審理不尽、事実誤認の責を免れることはできない。すなわち、行政機関のした事実認定が裁判所を拘束するものとする特段の規定(たとえば私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律八〇ないし八二条)がない以上、裁判所は、一般の行政訴訟において行政処分の適否を判断する場合と同様に、労働委員会の審査段階で提出されなかつた訴訟当事者の新たな主張立証を許容し、その審理の結果に基いて労働委員会のした事実認定の当否を判断し得るものと解するのが相当であり、このことは、行政処分の違法性判断の基準時を当該処分時であるとする見解とも矛盾するところはない。
よつて、この点に関する被告の主張は理由がなく、前記のとおり本件命令当時までに田中が他から収入を得た既定の事実を無視した点において、右命令は事実誤認の違法を免れない。
第三、結語
以上のとおりであるから、本件命令は、原告に対し田中に諸給与相当額の支払を命じた部分につき前記収入額を控除しなかつた限度において違法として取消すべきであるが、その余の点は違法といえないので、原告の本訴請求は、右の限度において認容すべくその余は失当として棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 橘喬 高山晨 田中康久)
(別紙)
本件命令書の理由
第一当委員会の認定した事実
一 当事者
(一) 再審査被申立人リーダー機械株式会社(以下「会社」という。)は、頭書地に本店を、川口市芝新町五の五に主工場たる川口工場を設け、靴製造ミシンその他精密機械の製造販売を業とし、昭和三六年一月頃の川口工場の従業員数は約六〇名であつた。
(二) 再審査申立人総評全国金属労働組合埼玉地方本部(以下「地本」という。)は、埼玉県下に約六〇支部、約七、五〇〇名の組合員を有し、再審査申立人総評全国金属労働組合埼玉地方本部リーダー機械支部(以下「支部」という。)の上部組織である。
支部は、昭和三六年一月一一日夜、川口工場の従業員一二名で結成され、組合員数は、まもなく約三〇名にふえたが、現在は、七名になつている。
二 支部結成と田中義敏の解雇までの経緯
(一) 昭和三五年一二月末頃から、川口工場の従業員の間で、労働条件改善のため労働組合を結成しようとする動きがおこり、翌三六年一月はじめには、青野和吉、木口春吉、伊藤孝三、田中義敏、森田善三ら数名のものが、地本オルグ依田博之らの指導を受けて具体的に結成準備がすすめられた。
(二) 会社は、一月はじめ頃、組合結成の動きを知り、一一日夕刻川口工場の全従業員を食堂に集め、松岡社長が「従業員だけで自主的な組合をつくるのは結構だが、上部団体に加入するのはよくない」という趣旨の話を約一時間にわたつて行なつた。
(三) 同日夜、従業員一二名は、支部を結成し、委員長に伊藤、副委員長に馬場正男、書記長に小河正雄、会計に白石恵男、執行委員に青野、田中、石津重治らを選出して、翌一二日会社に支部結成の通知を行なつた。
(四) 会社は、翌一三日に、小河、白石、石津の三名に対し、川口工場から当時浅草に新築中の本社第二ビルに転勤を申し入れたが、三名は、組合結成直後のことでもあるからとして、この申入れをことわつた。しかし、同年二月中旬に至り三名は、支部を脱退し、転勤に応ずる旨会社に申し入れ、二月二七日転勤した。
(五) 転勤申入れのあつた翌一四日には、青野が臨時雇用期間満了を理由に解雇予告を受けたので、同日支部は、臨時大会を開催したが、その際、小河書記長から実兄が専務取締役であることを理由に役員辞任の申し出があり、後任書記長に田中が選出された。なお、青野は、一月三〇日予告手当を受領して退職している。
(六) 支部は、有給休暇問題等について、一月一六日団体交渉を申し入れたが、会社は、「地本組合の人が入る団体交渉には応じない」と、これを拒否した。支部と会社との間の地本組合員を含めた団体交渉は、二月三日の埼玉地労委のあつせんを経て二月六日はじめて持たれた。
三 田中の解雇
(一) 田中は、昭和三五年九月四日に採用され、川口工場に勤務していたが、昭和三六年一月二七日の解雇までの間、支部結成準備に参画し、支部結成後は執行委員として、また、一月一四日以後は書記長として活発な組合活動を行なつていたものである。
(二) 会社は、昭和三六年一月はじめ頃、田中が採用の際に提出した履歴書の賞罰欄に何等の記載がないことを発見し、株式会社全国経済興信所に同人の身許調査を依頼した結果、同人は、昭和三〇年八月一二日東京地方裁判所において傷害致死罪により懲役六年の判決を受けて受刑した事実が判明した、として、一月二七日同人を解雇した。
四 田中解雇後の事情
(一) 支部結成後まもなく支部結成準備に参画していた森田善三らを中心に、従業員一五、六名をもつてリーダー機械株式会社労働組合(以下「新労」という。)が結成されていたが、会社は、一月末新労からの要求に基づくものとして、支部組合員をのぞく全従業員に二、七五〇円の賃上げを実施するとともに、毎年一月に支給される正月手当(日給の二日分)も、支部組合員には支給しなかつた。
その直後である二月六日頃より中旬にかけて、元副委員長馬場、同書記長小河ら一〇数名の支部組合員が「一身上の都合」、「家族の反対」、「経済的事情」等を理由に支部を脱退している。会社は、前記賃上げを利用して支部組合員に支部脱退を勧誘し、これら支部脱退者には賃上げを実施した。
(二) また、二月頃会社は、新たに雇入れた貫井、青木、大久保らから採用の際に、総評全国金属労働組合に加入しない旨の一札をとつている。
(三) 一方、二月六日以降は、前記埼玉地労委のあつせんにより、支部と会社との間に団体交渉が行なわれるようになり、支部は、同月一三日に賃上げ五、〇〇〇円、田中の解雇撤回等を要求した。
しかし交渉は進展せず、三月一一日に会社は、田中に対し「作業員に話しかけた場合は工場内より退去を命ずる」趣旨の警告書を発し、支部は、三月一三日賃上げ、解雇撤回等の問題で闘争宣言を発する等、支部と会社との間の事情は悪化の一途をたどつた。四月三日には、作業時間中田中と数分話をしたことを理由に支部組合員矢作清が半日分の賃金カツトの処分を受けた。また、同月二八日には、田中が川口工場の門にはつていたビラのことから、社長が田中を殴打するということが起こり、五月以降会社は、田中が出席する団体交渉を拒否した。
(四) 前記賃金問題については、四月末頃新労と同内容の賃上げが支部と会社との間で決まり、一月にさかのぼつて実施され、同時に正月手当も支給された。
第二当委員会の判断
一 支配介入の成否について
再審査申立人らは、小河書記長ら三名の支部役員に対する転勤、支部結成の主謀者である青野の解雇、賃上げ、正月手当支給にさいしての差別扱い並びにこれを利用した支部切崩し等が不当労働行為である旨主張し、これに対し会社は、小河ら三名の転勤は、本社第二ビル完成に基づくミシン組立部門移転のためのものであり、青野は臨時雇用期間満了に伴う解雇で、同人も納得して円満に退職したものである。また、賃上げ等については、新労と支部の両組合との団体交渉妥結時期の相違によるものであつて、支配介入には当たらないと主張する。
(一) 小河ら三名の転勤について
会社の主張するように、当時建設中の本社第二ビルが完成したあかつきには、川口工場のミシン組立部門を移転する計画があつたこともうかがわれないでもないが、支部結成通知のあつた翌日である一月一三日に突如として転勤問題が出されたこと、しかも、工事請負業者からのビル完成引渡しは、一月一六日であること、さらに転勤該当者たる小河ら三名は支部役員に選出されていて、転勤を言い渡されるまでは全く知らなかつたこと、反対にあつて直ちに撤回していること、などからみて、事前に支部に相談することもなく支部役員三名につき突如転勤命令を出した、時期、方法については不自然な感を抱かせるものがある。
(二) 青野の解雇について
青野は、就業規則上試用期間中の者であると認められるほかは、何ら従業員として不適格とする事情はなく、かつ、いわゆる期限を付した臨時の雇用者であつたとも認められないのであるから、解雇の根拠はきわめて薄弱である。
(三) 賃上げ等について
会社は、新労からの要求に基づき、交渉の結果二、七五〇円の賃上げを一月末に実施したものであると主張するのであるが、新労から賃上げの要求がでていたか否か疑わしいこと、当時、少数組合である新労とただ一度の団体交渉で二、七五〇円もの大幅な賃上げが行なわれたこと、支部からは賃上げ要求はなされておらず、当時会社は、支部との団体交渉も拒否していたこと、支部組合員のみを除いて二、七五〇円の賃上げを行なつていること、その後支部を脱退した者には直ちに同額の昇給を実施していること等の諸事情が認められる。次に、支部組合員に対する正月手当の支給を遅らせたことについては、当時、支部との間に正月手当、賃金問題が係争中であつたわけではないので、基礎になる日給額が定まつていなかつたからであるとの会社の主張には全く根拠がない。従つて、賃上げ、正月手当についての会社の措置は、むしろ実施時期をずらすことにより支部組合員のみを差別扱いし、これを利用して支部組合員の脱退をも勧誘しているのであるから、支部組合員の動揺を図つたものと認めざるを得ないのである。
(四) 以上の諸事実については、これらを個別的にみても、会社の主張に合理性を見出すことは困難で、むしろその時期、方法等が極めて不自然の感を免れないのである。しかも、支部結成前後における会社の態度には、支部の結成直前にこれを察知して、社長が全従業員を集めて上部団体とつながりのある組合結成に反対し、支部からの団体交渉要求に対しては、上部団体の組合員が参加することを理由にこれを拒否していた等の諸事実も認められるのである。このような支部結成前後の僅々一カ月ばかりの間における会社の反組合的言動、支部幹部三名の配転、支部結成主謀者青野の解雇、支部との団交拒否、賃上げ、正月手当の差別扱い、支部組合員に対する脱退勧誘、後記黄犬契約等の一連の会社の行為は、支部を嫌悪し、その弱体化ないし壊滅を意図した支部に対する支配介入行為と認定せざるをえないのである。
(五) 会社は、貫井某ら三名から、その採用のさいに総評全国金属労組に加入しない旨の一札をとつた事実について、別段否定していない。かかる行為が労働組合法第七条一号にいわゆる黄犬契約に該当する不当労働行為であることは明らかである。
二 田中義敏の解雇と不当労働行為の成否について
会社は、新年度の書類整理に際し、田中の履歴書中の賞罰欄不記載を発見し、興信所に調査を依頼したところ、傷害致死罪により受刑した事実を知り、経歴詐称を理由に解雇したものであると主張する。たしかに、田中が会社に提出した履歴書には、賞罰について何らの記載がなく、また、興信所から、同人が傷害致死罪により受刑した事実を含む調査報告書が一月三〇日付文書で会社に報告されていることが認められる。
しかしながら、
(一) 田中採用のさいの面接において、同人の職歴中とび職の期間について上野工場長から発言があつたのみで、会社は、賞罰につき特段の注意を払つていたとは認められず、田中が昭和三五年九月四日採用されてから、就業規則第三条による二カ月の試用期間経過後も、昭和三六年一月に入つて会社が田中らの組合結成を察知するまでの間は、何ら問題とされることもなかつたのである。また、就業規則に規定されている解雇事由のなかには、経歴詐称についての規定もない。従つて、会社は、従来から賞罰欄の記載等について、これを重視していたものとは認められないのである。
(二) 会社は、興信所に身元調査を依頼した動機について、新年度における書類整理のさいに発見して疑問を抱いたというのであるが、上記(一)の事情からみて信ぴよう性に乏しく、会社の支部に対する一連の支配介入行為に徴するとき、むしろ支部結成を事前に察知した会社が、組合結成の中心人物であつた田中に注目し、急遽、同人の落度をさがすため調査をしたものとみるほうが素直である。また、会社は、一月一二日に田中に対し契約更新の手続をとつているが、このようなことは前例のないことであつて、その後組合との団体交渉で契約更新を撤回していること等に徴しても、会社が支部切崩しのために比較的勤続の浅い田中らを企業外に排除すべくあせつていた事情がわかるのである。
(三) 田中は、服役中はいわゆる模範囚としてすごし、そのため刑期半ばにして出所しており、その後、王子の職業訓練所で熔接技術を習得しており、その成績は良好であつた。会社は、労使間の信頼関係を強調するのであるが、受刑者が更生の機会をつかもうとして、賞罰欄に自から受刑の事実を記載しえなかつたとしても、その情においてやむをえざるものがあり、入社後もこれといつた落度もなく、工場長をして「まじめでひろいものをした」と思わしめる程の成績であつたことが認められるのであるから、上記(一)の事情と相まつて、当時田中の前科を理由として、同人を解雇しなければ労使間の信頼関係を維持しえなかつたとする特段の事情はなかつたものと認めざるをえないのである。
上記諸事情をかれこれ考慮するとき、田中が支部結成の中心人物の一人として活動し、支部書記長に選出されなかつたならば、会社は、田中の前歴調査もしなかつたであろうし、田中を解雇することもなかつたものと認めざるをえない。田中の解雇が、会社の支部に対する前記一連の支配介入行為のさなかになされていることからもこれを肯認せざるをえないのである。従つて、本件田中の解雇は、不当労働行為と認めざるをえない。
三 (欠番)
四 本件不当労働行為の救済について
(一) (省略)
(二) (省略)
(三) 田中の解雇が不当労働行為と認められる以上、会社は、田中を原職又は原職相当職に復帰せしめ、解雇から復職に至る間については、本件解雇がなかつたならば、田中が受けえたであろう諸給与相当額(解雇後の賃金ベースの改訂及び定期昇給の措置並びに期末手当、ボーナス等の臨時給与のすべてにつき考慮され計算されたもの)の金銭給付を命ずるほか、勤続年数の通算等について、田中が解雇されずその後も働いていたものとして取り扱わなければならないものと考える。